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フェブラリーSがもう間近に迫り、今年もおそらくフェブラリーSからドバイワールドカップへと向かうであろう馬達の事を考えていた。
2003年、2004年と国内ダート中距離で無敵の強さを誇ったアドマイヤドンが、2004年のドバイWCではプレザントリーパーフェクトから4秒以上遅れる8着惨敗。確実にレベルが上がっていると思っていた日本の馬と、世界の頂点に立つ馬の差はまだまだ大きいものだった。
何が敗因だろう?
どのような馬が勝てるのだろう?
手元の資料を引っ繰り返して、過去のドバイWCに挑戦した馬を調べてみることにした。
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1996年
この年から開催されることになったドバイWCに挑戦したのはライブリマウント。
国内ダート戦で7連勝をあげ、現在はG1に格付けされているレースを総ナメにし、ドバイWCに臨んだ。
ここには13連勝中の名馬シガーが出走。誰もがこの馬の勝利を確信していた。
着差は1/2馬身と僅かだったが、やはり勝ったのはシガーだった。ライブリマウントは11頭立ての6着。シガーからは17馬身以上遅れてしまったが、後の馬達に道筋をつける役割は果たした。
1997年
この年の悲劇を、資料を見ていて思い出させられた。
国内でダートを14戦走って7連勝を含む12勝、砂の女王ホクトベガだ。
すでに年齢は7歳。引退レースに選んだドバイWCの中で他馬と接触、落馬して骨折。安楽死の処置をとられる事になってしまった。
勝ったのはジャパンCでファビラスラフインを破って勝ったシングスピール。ダートでもその強さを見せつけた。
1998年
98年はキョウトシチー。
今、あらためて戦績を見ると、「よく行ったよな」というのが正直な印象。東京大賞典、浦和記念など大きいところも相手に恵まれると勝つが、1流どころが出てくると負ける。この馬がドバイWCに出られたのは「シチーの馬」故か。
勝ったのはケンタッキーダービー、プリークネスSを勝っていたシルバーチャーム。キョウトシチーは8馬身以上離されて、9頭立ての6着に敗れた。
1999年
この年は残念ながら日本馬の参戦はなし。フェブラリーSを勝ったのは南部杯勝ちなど、ダート重賞で活躍していたメイセイオペラ。このフェブラリーSからあと5連勝するのだから、もし行っていたら好勝負となったかもしれない。
勝ったのは3歳から仏国で活躍していたアルムタワケル。
2000年
日本からはワールドクリークG3A(G3A)。
5連勝で東京大賞典を勝利。下した相手がファストフレンドとなれば期待も大きくなるというものだ。
しかし相手が悪かった。7戦6勝、ジャックルマロワ賞、クイーンエリザベス2世Sの覇者ドバイミレニアムが参戦。英ダービー以外に負けた事の無い馬が、いかに強い勝ち方をするか?というのが見所のレースだった。
ダート2,000Mを1.59.50。まるで芝のレースのようなタイムで後続を6馬身も離す圧勝。観衆はただ1頭の馬の走りに酔い痴れた。
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ここまで見てきて、このレースの傾向が見えてきたような気がする。
「日本でダートの適性の高い馬」、「芝もそこそこだったけどダートに使ったら強かった馬」はことごとく惨敗。
そして勝った外国馬はというと、芝も強いがダートも強い、という印象が強く感じられるのだ。
翌2001年、その「傾向」に当てはまりそうな馬が日本から参戦した。
オークス2着、重賞3勝のトゥザヴィクトリーG3A(-A)だ。初ダート挑戦のフェブラリーSでもノボトゥルー、ウイングアローに続く3着に入線し、レギュラーメンバーG2A(G2A)と共にドバイに向かった。
スタートから果敢にトゥザヴィクトリーは先頭に立つ。鞍上の武豊騎手は、全ての能力を邪魔することなく引き出そうと、微動だにしない。
最後のコーナーを周ってもまだトゥザヴィクトリーは先頭。すぐ後ろにはここまでG1・3勝のキャプテンスティーヴが迫るが、脚色は鈍らない。残り400M、300M、200M、まだ先頭だ!
誰もが「勝てるかもしれない」と思った。しかし、ここからのキャプテンスティーヴは強かった。鞭を受けるごとに速度が上がる。2発目が入った時にはトゥザヴィクトリーを一気に追い抜き、3発目では、もう3馬身以上の差が開いていた。
「To the Victory」
惜しくも勝利には辿り着けなかったが、ドバイWC2着は勿論、快挙と呼べるものだった。
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2002年
ドバイWCに招待されたのはトゥザヴィクトリーG2A(-A)とアグネスデジタルG1A(G2A)。前年2着のトゥザヴィクトリー、マイルCS・マイルCh南部杯・天皇賞(秋)・香港C・フェブラリーSと舞台を選ばず勝ちまくってきたアグネスデジタルに期待は高まった。
アウェーでの戦い。レースの前に陣営は道程という敵と戦わなければならなかった。
経由地香港で機体にトラブル、予定よりも大幅に遅れる22時間半もかかって現地入り。到着してからも、集中豪雨で満足のいく調整もできず、馬達の疲れも取れずにいた。
1番人気は凱旋門賞馬サキー。ストリートクライとアグネスデジタルが続く。
前年同様にトゥザヴィクトリーは先行。スタート直後から2番手につけて進む。アグネスデジタルは末脚に賭けようと後方へ。
調整不足か衰えか。トゥザヴィクトリーは直線に入ってもまるで伸びない。内から飛び出してきたストリートクライに抗うこともできずにズルズル後退。アグネスデジタルも後方から伸びてきたが6着に惨敗。トゥザヴィクトリーは最下位でのゴールだった。
2003年は日本馬の参戦はなし。
間近に迫っていたイラク戦争を考慮して、辞退する陣営ばかりだった。ゴールドアリュールG2A(G2A)が参戦しようとしていたが、出発する前日に米軍の空爆が始まり輸送機がキャンセルに。吉田晴哉氏は「ドバイは安全だと聞いていたが、シンガポールからドバイへの飛行機が飛ばないのでは仕方がない」と語った。
2004年
日本からはアドマイヤドンG2A(G2A)、サイレントディールG3A(G3A)、リージェントブラフG3A(G3A)の3頭が参戦。
JBCクラシックを勝ち、JCDではハナ差の2着、フェブラリーSも制して臨むアドマイヤドン。そのアドマイヤドンに前走1/2馬身まで詰め寄ったサイレントディール。今年こそ、の思いは大きかったのだが・・・。
ナドアルシバ競馬場のダートは米国に倣い、赤っぽい粘り気を持った土に近いコース。「砂」と称される日本のダートとは勝手が違うのだろう。
サイレントディールはスタートで落馬しそうなほど大きく躓き、アドマイヤドンは無事スタートしたものの、不慣れなコースで追走に手一杯。1,000Mの通過タイムが1分ちょうどとあっては無理もない。
直線抜け出した、プレザントリーパーフェクトとメダーリアドーロの叩き合いは、身震いを起こさせるほど壮絶なものだった。3着を5馬身以上引き離して勝ったプレザントリーパーフェクトの走破時計は2.00.24。芝と変わらない時計で走られては、日本のダート一流馬の出る幕などなかったようだ。
アドマイヤドン8着、リージェントブラフ9着、サイレントディールは最下位の12着。完敗だった。
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そして2005年
ドバイWCは左回りの2,000M。
昨年、天皇賞・秋(芝左2,000M)を含むG1・3連勝。馬場を選ばずに好走を続けるゼンノロブロイなどはドバイWCでも勝負になりそうな気がするが、今年は英国のキングジョージ六世&クイーンエリザベスDSに参戦予定で、残念ながらドバイWCには登録すらない。
ただ、こちらももちろん名誉あるレース。年度代表馬として堂々とした競馬をしてきてほしい。
このコラムを書いている現在のドバイWC選出馬はタイムパラドックスG2A(G2A)、アジュディミツオー、ユートピアG2A(G2A)。うち、アジュディミツオーは招待を受諾している。
いずれも「芝でも強い」とは呼べなそうな3頭だが、日本国内ではトップクラスの馬達。順調に渡航して日本馬の、そして日本人の底力を見せつけてきてくれることだろう。
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